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2025.11.9
関西日印文化協会「講演会」
〈11月22日〉のお知らせ)
当社が加盟している「関西日印文化協会」(会長:溝上富夫 大阪外大名誉教授)主催の講演会が神戸市で開催されます。
インド独立の英雄「チャンドラ・ボースと日本軍の絆」に関して、講演者が独自に開発した「3D MAPPING法」を使い、チャンドラ・ボースの参加した「インパール作戦」の軌跡をたどります。
〇 日時:2025年11月22日(土)14時から16時
〇 場所:インディアン・ソーシャル・ソサエティ(ISS)
神戸市中央区熊内町5丁目1-3(ローソン2F)
〇 講師:長谷川博幸氏(元京大アジア・アフリカ地域研究科研究員
〇 参加費:1000円(チャイ・スナック付き)
※ 当日受付でお支払い下さい。
● 申し込み方法:メール/FAX
※ メール:info@kansainichiin.jimdoweb.com
※ FAX:06-6684-9973
※ 連絡内容:①お名前②人数③ご連絡先(電話)を記入ください。
● 申し込み期限:2025年11月20日
〇 この件でご質問等あれば、
06-6684-9973にご連絡下さい。
あるいは、info@braix.jpまでメールください。

2025.8.13
インド文化関係イベント開催されます
:8月17日(日)
弊社も協賛している、「関西日印文化協会」主催の展示会が神戸で開催されます。
〇 テーマ:「文字が語るインドの多様性 」
〇 日時:8月17日(日曜)午後2時から5時(予定)
〇 場所:神戸北野天満神社
〒650-0002 兵庫県神戸市中央区北野町3丁目12−1
https://www.kobe-kitano.net
〇参加費:無料
最近、注目を集めているインドの文化の一端を御覧になれるかもわかりません。
是非、気楽にご参加ください。
2025.7.28
「TIMBUKTU(ティンブクトゥ)文化体験イベント
:8月9日(土)開催
2025年8月9日に、アフリカ・マリ共和国の「ティンブクトゥ」に住む「トアレグ民族」の
長い歴史と伝統の一端を、弊社「難波オフィス」のコンファレンスルームで御覧いただけます。
大阪万博に参加している「マリ共和国」のイベント関連の一つです。
マリは、アフリカの中で「黄金の都」と呼ばれ、中世に華麗な王国を誇り、当時のヨーロッパにその名声は広く聞こえていました。
その中で、トアレグ民族は、その勇敢さと、青を基調とした独特の装束で有名。また、当地で産する宝玉を用いた民芸品や、独特のお茶もユニーク。
「ティンブクトゥ」文化は、1988年、世界遺産として登録されています。
日本ではなかなか機会のない文化を体験できます。
是非ご参加ください。
イベント詳細は、以下の案内を御覧いただき、そこから参加申し込みください。
2025.7.16
「JAPAN ART BANK」社のユニークな「日本伝統美」アートを展示中
「JAPAN ART BANK」社は、日本の伝統である、貴重な「着物帯」を額に入れ、
ユニークなインテリア・アートとして実現しました。
おそらく、他にはない独創的でセンスに優れたアート作品です。
日本の帯は、平安の昔から現に至るまで、日本の和装の大事なアクセントとして、
華麗な吉祥文様からモダンな幾何学模様まで、洗練を重ねてきました。
あなたの応接室、リビング、お部屋に気品を添えるアクセントに最適です。
「日本伝統美」の新たな形として、外国人のお客さまからも注目を浴びています。
■ 展示作品の購入は、当社で予約手続きも可能です。
■「JAPAN ART BANK」と、その作品の説明と紹介は、下記のサイトからも閲覧可能です。
https://japanartbank.theshop.jp/

2025.5.7
BRAIX IVS
関西日印文化協会(会長:溝上富夫大阪外大名誉教授)の総会が、
弊社難波事務所の会議室にて、2025年5月9日(金曜日)夕方に開催されます。
総会では、2024年決算及び2025年方針や予算等が審議される予定です。
なお、弊社難波事務所の所在地は、下記のとおりです。
所在地:大阪市浪速区元町1-2-17 2C号
(フクダ不動産NAMBAビル2F)
■ APAホテル(なんば駅前タワー)の「正面入り口」向かいのビル(フクダ不動産NAMBAビル)の2Fです。
■ ビルの1Fには、「セブン・イレブン」があります。その2F「2C号」室で、「IVS」表示があります。
■ 1F「セブン・イレブン」の店頭前に弊社関係「IVS」の広告看板があります。
2024.12.13
京都で、母国アフリカ・マリのテイスト豊かな「アートと音楽」の活動を行っている、マアリさんが、 神戸三宮で、イベントを開きます。
場所:神戸市中央区北長狭通 り3丁目3の16
「TOR FORESTビルディング」1F
開催期日:12月14日(土)・12月15日(日)
開催時間:18:00~22:00
入場料金:1000円

2024.7.7
京都のサリーのデザインを募集中です。
詳細は、リンク先を御覧ください。
2024京友禅サリー図案コンペ
2024.5.15
【人材募集中】※国籍を問いません
英語+他言語(アラビア語/ウルドゥ語/ネパール語/ベンガリー語/ヒンディ語等)
大学卒以上
年齢性別不問
年齢性別不問
勤務時間応相談
メールにて(oubo@braix.jp)
2024.5.1
【お知らせ】FAX廃止の件
1. 当社は、2024年5月20日以降、FAXは使用しないことといたします。
理由は、送り先様が間違って当社に送った例が散見されること、
また当社も意図しない間違った宛先に送信する恐れがあるためです。
今後は、FAXに代わり、電子メールを使用したします。
2. 従来のFAX番号は、英語専用の電話番号に変更する予定です。
以上、よろしくご理解とご了承をお願い申し上げます。
(INTERNATIONAL VISITORS STATION)
日本の国民酒:焼酎
清酒か焼酎か
日本酒は清酒とも呼ばれ、英語では「JAPANESE SAKE」と呼ばれています。 英語では、SAKEをSAKIと発音している人が多い印象。しかし滞日期間が長く日本語の発音に慣れてくると、ちゃんと「SAKE」の発音になるようです。
当然ながら、外国人のアルコールマニアは、SAKIでなくSAKEと、発音すべきとその「日本通」ぶりを謳うかたもいます。 さらに、焼酎も、ある地方では「SHOCCHU」と促音になる場合もあるとまで指摘。外国人でも焼酎に「はまる」と、とことん徹底するかたもいて頼もしい限りです。
ところで、前回「日本の国民酒焼酎」と述べました、しかし、「日本の酒」というと、外国人には、やはり日本酒がアルコール類の代表だと考えている方が圧倒的でしょう。 つまり、日本を代表するアルコールは、日本酒(清酒)だと錯覚している方は多いのではないでしょうか。 しかしながら、実際は国内の生産量では、焼酎のほうが日本酒を圧倒的に上回っています。 つまり、日本を代表する酒は、実は焼酎のほうです。
国税庁は、毎年詳細な酒類の統計をとり発表しています。 2001年に、焼酎生産量が日本酒(清酒)を逆転して以降、数量的にその差は開く一方です。 最近の国税庁統計年報(2019年)でも、アルコール換算した場合、焼酎生産量72万8千キロリットルに対し、日本酒(清酒)は39万2千キロリットル. 両者の合計のうち、焼酎の割合はおよそ65%。
以上から、焼酎は日本の「国民酒」と呼ぶ明らかな根拠はあるのです。 これを外国人に向けて、あらゆる機会をとらえて強く訴えていく努力がいると思います。焼酎の奥深い魅力を広く世界に訴えていきたいものです。
外国人関連サービス
おすすめスポット
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About Us
TO be "CREATIVE".
2.顧客第一であること:
TO be "CLIENT-ORIENTED".
3.積極果敢であること:
TO be " CHALLENGING".
大阪市浪速区元町1-2-17-2C号
所在地

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インドのデリーにいる、当社元社員のカシフ君より、うれしい知らせが送られてきました。
彼は、日本で獲得した「日本語能力試験一級」(JLPT1)の資格を生かし、母国インドのデリー市内で、日本語教室を開きました。教室の名前は、「MANABOU NIHONGO」。この日本語教室は、現地デリーのインド人学生に、日本語を教える目的で開設されました。
コースの特徴は、3つあります。一つ目が、日本語初級者から上級者までカバー。(学生の日本語習得程度によりコースを選択可能としています。)二つ目は、コンピュータ技術者を対象にした、「技術専門用語」と「日本語での表現方法」教育。3つ目が、技術者以外の対象者向け「日本文化・ビジネス慣習」の教育。
特に、コンピュータサイエンスを学ぶ学生に、日本語の技術用語を教えるコース設置は、卓見と思います。専門分野で使用される、特殊な専門用語の習得は、外国人にとり、大変高くて厚い壁だからです。この日本語学校の卒業生が、インドと日本との「コンピュータサイエンス分野」での懸け橋となることを隠れた目標にしているからと思います。
この学校の経営者であるカシフ君は、当社に数年勤めておりました。コロナの期間中でビジネスがスローな合間に、毎日早朝2時間程度、スタッフから日本語特訓を受ける一方、休日は図書館に通い、「日本語能力試験一級」(JLPT1)に挑戦しました。その結果、最上級の一級に、ついに合格。その後は、資格を生かし成田空港で、英語・アラビア語・ウルドウ語・ヒンディ語と日本語の「マルチリンガル通訳」として活躍。しかし、母国インドにいる奥さんが出産したこともあり、帰国。デリーにある日系会社に入社。仕事の傍ら、日本語教育学校開設の実現に努め、ついに「MANABOU NIHONGO」教室に至ったものです。
当社は、カシフ君のデリーの日本語教室と連携協力し、優秀なインド人人材の育成と,日印間のビジネス交流に貢献できるよう努めていく計画です。この計画の進展については、適宜当WEB上でお知らせいたします。

1543年、当時大隅国の所領であった種子島に、ポルトガル人商人により鉄砲がもたらされたとされる。 13世紀末のマルコポーロ・東方見聞録に記された「黄金の国ジパング」が、ようやく西洋人世界にその姿をあらわした瞬間でもあった。
中国から日本を目指していた途中、船が難破し種子島に漂着したポルトガル商人たちは、鉄砲を所持していた。 初めてみる鉄砲に当然ながら種子島の支配者は興味を覚えただろうが、彼らの話すポルトガル語が分かろうはずもない。 そこで、ポルトガル商人一行に付き従っていた中国人と、「漢字の筆談」をして鉄砲の構造や機能を理解したという。
面白いのは、表音文字のラテン系文字に属するポルトガル語は当然ながら文字自体に意味があるわけではない。 ところが、表音とともに表意文字でもある漢字は音と意味を同時に現す優れものである。 日本本土以外で、あるときは海賊、あるときは商売人となって、本土を離れた海上や地上で、勇躍していた日本人たち(倭寇)は、漢字を介して、漢字の筆談で中国人と、 あるいは中国人を介して外国人と筆談で意を通じていたと想像される。そこで、ポルトガル商人一行は、日本に向かうにあたり、あらかじめ中国人通訳を同行していたのだろう。
この種子島の鉄砲は、たちまち日本で鹿児島や堺などに拡散流通することになる。その鉄砲を分解し構造を調べ、模造品を製造したのは、当地の鍛冶屋であったとされる。 その過程で、鉄砲について説明するポルトガル商人の言葉は、中国人を介して、漢字で表記され、それを日本人が解釈したということだろう。
そこでは、ポルトガル語、中国語、日本語が、それも各地の方言がやかましく飛び交う。またそこでは火縄銃の試射の火花や玉が飛び交っただろうから、 まさしく騒々しき世界であったろう。さらに、その間に記録用の紙と墨汁も飛び交ったと想像すると、実にユーモラスである。
この飛び交う言葉の裏で、互いの利益をはじく算盤も、当然ながらしっかりと弾かれただろう。ポルトガル商人は、何も日本人に友誼だけを求めてきたわけではない。 「黄金の国」ジパングに大きな期待を寄せ、生死をものとせず、風頼りの帆船あるいは小ぶりな決して頑丈とは言えないジャンク船に乗ってやってきたのである。リスクなければ、利益なし。これは当時から連綿と生きる経済の鉄則かもしれない。大航海時代には、西洋に限らず、日本にも「冒険心」と「富への野望」が横溢していたようだ。
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